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コラム
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日本のパティシエ始まり 編
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2023年07月30日
日本初のパティシエは
刀を持つ元武士だった
菓子製造人を意味するパティシエ。日本で最初にパティシエとなったのは誰なのか? 諸説あるうちの一つをご紹介します。
その人物とは、村上開新堂の初代、村上光保と言われています。
村上家は天皇家に支える家系で、光保は明治天皇にお供して上京。元々武士だった光保ですが、宮内省の大膳職となり刀を包丁に持ち替えて日々支えていました。
1870年(明治3年)、光保に指令が下されます。それが洋食と洋菓子技術の習得でした。光保は横浜に派遣され、サミュエル・ペールのもとで修業に励みます。
技術を習得し、宮内省へ奉職し続けながらも光保は独自でビジネスを展開します。修業開始から4年後の1874年(明治7年)、妻名義で東京に店を構えます。それが、村上開新堂。日本初、日本人による洋菓子専門店でした。
日本の欧化政策により、鹿鳴館では海外からの客人をもてなすパーティーが連日行われていましたが、村上開新堂のガトー(焼き菓子)やアイスクリームなどが宴に花を添え、評判も良かったそうです。西洋菓子の本場の人々の口にもマッチしたのですね。
世界をしのぐ
日本のパティシエの未来
日本で初めてのパティシエが誕生してからおよそ150年がたった今年。日本の若きパティシエたちが快挙を成し遂げました。パティシエ界のワールドカップと言われる最高峰の世界大会「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー2023」で16年ぶり、3度目の優勝を果たしました。
本大会は1989年に設立され、2年に1度、50を超える国で実施される予選を勝ち抜いた22カ国のパティシエたちがチームで戦う大会です。現在はパティシエ界のピカソと称されるピエール・エルメが会長を務め、審査員も世界を代表する権威あるパティシエたちが務めています。
3人1チームとなって戦う本大会。2021年の日本の国内予選を勝ち抜きナショナルメンバー入りしたのは、高橋萌、柴田勇作、鈴鹿成年の3人。いずれもミレニアル世代です。本戦では制限時間10時間の中で与えられたテーマを洋菓子で表現。造形の美しさ、味、テーマ性と総合的に評価されての優勝です。洋菓子の本場である欧州勢をしのぐ日本のパティシエ技術。それらを背負い未来へつなぐ若き三銃士に賛辞を送ります。
参考文献:村上開新堂ウェブサイト、クープ・デュ・モンド日本ウェブサイト