9 2024

聴くヒーリングで 心を穏やかに

|芸術の秋、落語はじめ|

カバー特集

posted by 日経REVIVE

月亭方正さんの「落語」GOOD LIFE
聴くヒーリングで 心を穏やかに
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2024年8月25日

学び、気付き、人間関係
落語には人生が詰まっている

「落語に触れずに人生を終える人って、おそらくものすごく多いんじゃないかと思うんですけど、ほんまにめちゃくちゃ損ですよ」と月亭方正さん。そこまで言われると気になるのが人間のさが。
方正さんの人生を変え、今も魅了し続けている、まさに”沼”だという落語の魅力、楽しみ方を聞きました。

NAVIGATOR

月亭方正

つきてい・ほうせい1968年、兵庫県西宮市生まれの落語家、お笑いタレント。1988年にお笑いコンビ、ガスペケを結成しデビュー。 1993年にはピン芸人として数多くの番組に出演。”いじられ芸人”の地位を確立。2008年から高座名、月亭方正で落語家デビュー。 2013年には芸名も月亭方正とし、独演会、師匠月亭八方との親子会、花形寄席などに出演。噺はなしか家として古典落語の魅力を伝え続けている。

撮影/NAE.JAY(ロケ写真) 編集・文/澤村 恵 アートディレクション/本多康規(Cumu)

落語を聴かない人生?
損してますよ!

落語家として17年目を迎える月亭方正さんですが、39歳で落語に出合うまで、聴いたことすらなかったのだとか。

「僕、19歳でお笑いの世界に入って、わりとすぐに食えるようになったんです。もちろん必死に頑張って、もがいてテレビ番組に呼んでもらえるようになったのだけど。
20年間続けて”テレビ職人”にはなれていたと思います。
ただね、不惑がきた時に立ち返るんですよね。そうしたらテレビではそれなりにできていたけど、生身のお客さんを前にして楽しませるものが何もなかったんです。そりゃもう落ち込んで。ちょっと待てよ、僕はどういう芸人になりたかったんだっけ? 今の自分は思っていたのと全然違う、明らかに違う、さあどうする?って。そこからものすごく考えました。このままテレビの仕事を続けていけば、食っていくことはできるだろう、でもお前それでほんまにええんか?という思いが湧いてきて。今ここでやっとかないと死ぬ前に後悔する。そう思って何をするか探し始めたんですよそこから。最初は新喜劇を立ち上げるぞー! 一人でネタ作りからはしんどいけどしょうがないよな…なんて思っていたんです」

そんな悩める方正さんに古典落語との出合いが訪れます。

「芸人の東野幸治さんに古典落語を勧められて。今さら!?と全く食指も動かなかったし、気が進まなくって最初はいやいや聴いたんです。桂枝雀師匠の『高津の富』を。マクラを聴いて、あれ?と僕の中の何かがピクッと反応して、気が付いたらのめり込んで聴いていました。お客はものすごくウケているし、落語ってめちゃおもろいやん!と。そして複数の登場人物を演じ分けながら話すので自分がやりたかった新喜劇やん!一人新喜劇だと気付いたんです。もうね、人生で3回目ぐらいだったかな、自分に本気のガッツポーズ。そこからはもう落語漬け。いや~楽しい楽しい。だって自分が目指しているお笑いの形を見つけられて、人生でやるべきことが決まったので」

40歳で月亭一門に入門。修業を続け現在では弟子を取るまでに。今も現在進行形で落語に夢中なのだとか。

「落語にはいろんな作用があると僕は思っていて。まず物語で仮想逃避させてくれるんです。今の世の中ってどうですか? なんだかギスギスしていませんか? そんな心や世間のモヤモヤを忘れさせてくれる。そして物語から様々な処世術を得ることができるし学べることも多い。そして最近思うのは、素晴らしい人間関係が築けるというのも魅力だなとつくづく。落語に出てくるのって大概いい人間なんだけど、それを聴いて琴線に触れるってことは、落語を聴く人も素晴らしい人だと思うんです。僕自身、落語に出合ってから物事の見方、姿勢が変わりました。だからね、ぜひ落語に触れる人生であってほしいと思います。何歳からでも楽しめますからね」

僕って素直な人間なんです。
落語も素直なんで分かりやすいと思う!


「風呂って熱くても冷たくても嫌やろ? 良い加減=ええ加減がええねんって。だからええ加減にしとかんと。と月亭八方師匠に言われてすっと気持ちが楽になったんです。以来、大切にしている言葉です」


「落語は覚えるのがしんどいんだけど楽しいんです。まずは文字起こしをするんだけど、この時にアイデアが湧いてきて、それを書き加えて、覚えの作業に。腹に落とし込むようにするのは苦しいんだけど、またそこでもアイデアが浮かんできてめっちゃ楽しいんです」

最強の(じい)さんを目指して
まずは20年。噺家(はなしか)の成人に

噺家として精力的に独演会や寄席などで全国を飛び回る方正さんにこれからについて聞きました。

「僕ね、やっぱり20年というのが一つの大きな区切りだと思っていて。テレビの世界でも20年やって、やっと職人みたいなことができるようになりましたし。人間も20年で成人って認められてお酒を飲めるようになるわけだし。そう考えると噺家としては僕16歳なんです。まだ未成年(笑)。今は噺家として成人した自分が楽しみです。そして一つ、この先すごく楽しみにしていることがあって。それは爺さんになること。爺さんってもうそれだけでおもろいやないですか。高座に座ってるだけでおもろい、変顔するだけで爆笑。ジジイってね、最強なんですよ。好き勝手に話して、それでお客が笑ってくれたら最高です。だから早く”噺家爺さん”になりたい!」

落語が好きで好きでたまらないんです
だから今日も高座に上がるんです


「落語を聴く人は素晴らしい人が多いと思う、本当に。ということはいい人間の集まりになるんですね。精神で触れ合えるソウルメートみたいな仲間ができる。それってものすごい有益なことですよね」


およそ800あるといわれている古典落語の演目。「今持ちネタは60ちょっとぐらいですかね。最近は、『はてなの茶碗』に取り掛かったところです。早くお聴かせできるようにと頑張っています。そして生涯で古典落語の演目、100は覚えたいと思っています」

What's GOOD LIFE for you?
自分に
嘘をつかない

  • 「嘘ってね、つけちゃうんですよ。他人にはバレないかもしれないけど、一番その嘘を知っているのって自分自身なんですよね。だから自分に嘘偽りなく魂に従っていれば、後悔しないで生きていけると思うんです」

この記事は、2024年8月25日発行の日経REVIVE9月号に掲載された内容です。

取材裏話

9月号「落語」月亭方正さん

1980年代の漫才ブームがあり、その後は脈々とお笑いの人気者が現れ、定着するコンビがいる一方で、若手芸人が現れては消え、現れては消えの新陳代謝の激しい芸人の世界。その中でお笑いと落語の両方で成功を収めている方正さんは稀有な存在です。今は女流落語家も人気で、「林家つる子さん」「蝶花楼桃花(ちょうかろうももか)さん」あたりがしのぎを削っているとのこと。
年齢を経るに従い、寄席の楽しさをわかってきます。寄席に1日いて落語家さん、芸人さんの匠な話術を楽しんでみては。