11 2026

現代の街並みが 江戸の町に変わる!

|古地図を手に散歩しませんか?|

コラム

GOOD LIFE 総研

posted by 日経REVIVE

よりよく生きるヒント GOOD LIFE 総研

グーグルマップのような江戸切絵図 編

posted by 日経REVIVE

2026年10月25日

スマートフォンを使えば、現在地から目的地までの道順がすぐに分かる。同じように便利な地図を、江戸の人々も持っていました。それが「江戸切絵図」です。

切絵図とは広い地域をいくつかに分割し、地域ごとに詳しく描いた地図。江戸全体を1枚に収めるのではなく、日本橋、浅草、本所、深川、麻布など、必要な地域だけを切り取った携帯マップのようなもので、見たい場所を拡大表示するのは現代のグーグルマップにもどこか似ています。

人口が増え続けた江戸は、幕末には巨大な都市となっていました。五街道を中心に複雑な道が走り、大名屋敷や武家屋敷、町人地、寺社が入り交じる。その中を移動するため、地域を詳しく描いた切絵図は便利な案内図でした。

面白いのは、必ずしも北が上ではないこと。文字も一方向には並んでいません。大名や旗本の屋敷には住人の名前まで記されています。現代の地図とは違いますが、当時の町の姿を知る情報が、ぎっしり詰め込まれていました。

売れる地図を生み出した
尾張屋清七のアイデア

江戸切絵図の代表が、版元・尾張屋清七が嘉永2年(1849年)から刊行した「尾張屋版」です。

尾張屋は江戸の主要地域の切絵図を次々と刊行。嘉永年間には26図からなるシリーズがそろい、江戸を地域ごとに見られる地図として人気を集めました。人気の理由の一つが、携帯性。1枚はおよそ50センチ四方でも、折り畳むと約17×9センチほどになる。懐などに入れて持ち歩けるサイズで、まさに江戸の「携帯マップ」でした。

興味深いのが、地図の情報が更新されていたこと。江戸では大名屋敷のあるじが代わるなど、町の情報も変化します。その変化を版に反映し、改訂を重ねていました。町が変われば、地図も変わる。ここにも現代のグーグルマップに通じる発想がありました。

まだ行ったことのない町の地図を眺めれば、そこに誰の屋敷があり、どんな寺社や名所があるかも分かる。切絵図は地図であると同時に、江戸という都市を知るためのメディアでもありました。

そして現代の私たちが見れば、今は消えた川や堀、武家屋敷、昔の町名が現れます。一方で、現在まで変わらず残る道筋も見つけられます。

江戸切絵図を片手に東京を歩く。それは約170年前と現在の地図を重ね、東京の下に残る「江戸」を探す旅なのかもしれません。

関連記事