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コラム

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合羽橋の歴史と発展 編

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2023年02月26日

震災からの復興で
一大問屋街に

浅草周辺には蔵前(玩具)、馬喰町(衣類)など問屋街が点在していますが、食にまつわる問屋街がかっぱ橋道具街。南北800メートルの商店街に約170の店が軒を連ねており、日本一の道具街としても知られています。

その始まりは1912年(大正元年)、江戸時代に作られた新堀川の両岸に数軒の古物商が店を出したことから。新堀川は浅草と上野を行き来するのに必ず通らねばならない川で隅田川にも通じていたため交通網としても発展。自然と商売も栄えていきました。

現在のように食に特化するきっかけとなったのは1923年(大正12年)の関東大震災からの復興のためといわれています。震災によって移転を余儀なくされた菓子問屋をはじめ、食に関する店が続々と集まりオープンしたのでした。第2次世界大戦終戦後しばらくしたころには主に飲食店向けの料理道具や菓子道具を販売する商店街へと発展を遂げました。

そんな合羽橋の街。名前の由来は2つの説が語り継がれています。1つは金竜小学校跡地辺りに伊予の新谷の城主の下屋敷があり、侍や足軽が作った雨合羽を晴れた日に近くの橋に干していたからという雨合羽説。もう1つはこの地域の水はけの悪さに悩んでいた合羽屋喜八が私財を投じて掘削工事を始めるのですが、工事はなかなか進まず。それを見かねた隅田川にいたかっぱたちが夜な夜な工事を手伝ったというかっぱ説。あなたはどちらだと思いますか。

問屋街から観光地へ発展
世界が注目する技術とは?

問屋街は通常、一般客はお断りが多いですが、かっぱ橋道具街は一般客に向けた小売りもしています。食にまつわる日本全国の職人の手仕事に触れられるとあって、海外からも注目される観光地としての役割も担うまでになりました。

近年注目されているのが食品サンプル。飲食店が店前に並べる本物と見間違うほどリアルなサンプルです。現在はプラスチックで作るのが主流ですが昔はろうを溶かして作っていました。その昔ながらの製法を体験できるショップが合羽橋にあります。外国人観光客はもちろん、昨今の昭和レトロブームの追い風もあり、日本人も多くやってくるそうです。モダンな店舗やカフェも増え、若者たちのショッピングデートの場にも。そんな新しい合羽橋に夫婦で出掛けてみては。

参考文献:かっぱ橋道具街ウェブサイト、飯田屋ウェブサイト

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