コラム

ART

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手探りからの挑戦
-道後のアートプロジェクト-

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2023年09月13日

「道後アート2023」現地レポート

日経 REVIVE Web版の独自テーマ【アート】第2弾!
第1弾の「進化する地方発信の芸術祭 その土地で育てる。対話を楽しむ」の続編として、「道後アート2023」の現地レポートをお届けします。

  • <道後アート2023>

    会期:2023年4月14日(金)~ 2024年2月29日(木)
    場所:道後温泉地区
    主催:未来へつなぐ道後まちづくり実行委員会
    企画プロデュース:スパイラル/株式会社ワコールアートセンター
    URL:https://dogoonsenart.com/

「道後アート2023」:https://dogoonsenart.com/は愛媛県松山市の道後温泉地区で、本館保存修理後期工事期間に合わせ2021~23年度までの3年間にわたって取り組んでいる「みんなの道後温泉 活性化プロジェクト」の一環として開催されています。

8月下旬、「道後アート2023」の開催地、松山市道後温泉地区を訪れました。
JR松山駅から道後温泉駅までは路面電車で約25分の距離です。

道後温泉駅を降りるとすぐに道後商店街に展示されている「道後アート2023」のシンボル作品(100 colors no.42 エマニュエル・ムホー)が目に飛び込んできます。

街歩きの前に、この道後温泉本館からほど近くにある山澤商店を訪問し、未来へつなぐ道後まちづくり実行委員会から委員の山澤満さんと事務局を務める清水敏樹さん、広報担当の清水淳子さんに道後温泉のアートプロジェクトへの取り組みと道後への思いを伺いました。

取材者のご紹介
(写真左から)合名会社山澤商店 代表社員 山澤 満様
創業明治19年の老舗酒屋である山澤商店を経営しながら、多くのアーティストを支援/道後温泉誇れるまちづくり推進協議会 副会長
「道後アート2023」広報 清水 淳子様
「道後オンセナート2014」から道後のアートプロジェクトの広報を担当
未来へつなぐ道後まちづくり実行委員会 事務局 清水 敏樹様
松山市 産業経済部 道後温泉事務所 主任(活性化担当)として、行政の立場からまちづくりを推進

“道後をなんとかしないと” 
という思いから生まれたアートプロジェクト

2014年に始まった道後温泉のアートプロジェクトへの取り組みのきっかけのひとつに、宿泊客の減少がありました。ピーク時には120万人以上あった道後温泉への宿泊客数は、2014年当時には80万人程度まで減少。そして将来的には観光の中心である道後温泉本館の保存修理工事も予定されており、膨大な経済的損失になると予想されていました。

そんな危機感を持ちつつ、“道後をなんとかしないと”という思いで始まったのが、道後温泉のアートプロジェクトでした。

2014年、スパイラル/株式会社ワコールアートセンターを企画・プロデュースとして迎え、地域の人々、温泉旅館と商店街、行政、そしてアーティストが共同で進めるアートプロジェクトがスタートします。

当初、地元の方々は「アート」に対して知識も経験もなかったため、すべてにおいて試行錯誤の繰り返し。“そもそも「アート」で地域を活性化できるのか?歴史の深いまちに「アート」を融合できるのか?という声も多かった”と山澤さんは当時を振り返ります。

道後で初めて開催したアートイベントである「道後オンセナート2014」では、道後温泉本館の北面ファサード一面に霧を出現させる中谷芙二子さんの「霧の彫刻」という作品や道後温泉本館を舞台にした参加型のプロジェクションマッピング「Haunted Onsen」が話題になりました。これに対して、“初めての試みばかりだったと思います。「重要文化財の道後温泉本館でこんなことができるのだろうか?」と企画前から苦労や不安も多かったと思います”と清水(敏)さん。

  • 「霧の彫刻」中谷芙二子 ©FUJIKO NAKAYA / Dogo Onsenart 2014
  • 「Haunted Onsen」ライゾマティクス ©Rhizomatiks / Dogo Onsenart 2014

なぜ、様々な意見や反発がありながらも、このような企画が実現できたのでしょうか?という問いには、“「アート」に関して分からない中進めていたので、スパイラルさんの企画・推進の力も借りながら、道後をなんとかしたいという思いで松山市の担当者も地元で運営を担うクリエイターたちも無我夢中だった。最初に、行政と地元の方々、道後に関わる様々な方といろいろな意見交換を行い、試行錯誤しながら進めたことが結果的に良い方向に向かったのでは”という清水(淳)さん。

みなさんも大きくうなずかれていたのが印象的でした。

大成功と来街者の変化。まちの変化。そして…。

試行錯誤しながら進めてきたプロジェクトですが、歴史の深いまちと「アート」が見事に融合したアートイベントとして「道後オンセナート2014」は大きな話題となり、結果的に大成功を収めました。

国内外から多くの観光客が訪れるまちに生まれ変わった道後温泉地区。雑誌などのメディアでも大きく取り上げられ、「バスにのってやってくる団体客」が主流だった道後への訪問客は、個人旅行(特に女子旅)に変わっていったといいます。

道後のまちの特徴として、“都市型温泉観光地でアクセスしやすく、徒歩圏内にすべてがつまっている。気軽に手湯・足湯などを体験でき、浴衣でまちを歩けて、治安も良い”ことだと清水(淳)さん。 “アート事業以外でもファサード整備や歩道の整備、景観整備などを進めている”とのご説明どおり、実際に歩いてみて、歩行者に優しいまちだと感じました。

また、プロジェクトの成功による来街者やまちの変化は、アートプロジェクト開始時に不安視していた地元の方々のこころも、少しずつ変えていったようです。

アーティストへの支援と継続的な関わり

2014年に始まった道後のアートプロジェクトは、テーマを変えながら続いていて、参加アーティストとの関係も良い形で継続しているとか。

道後アート2019・2020「ひみつジャナイ基地プロジェクト」では、日比野克彦(東京藝術大学学長)さんとプロジェクトをスタート。社会的支援を必要とする方などから作品を募り、「山澤商店」の倉庫をギャラリーにした取り組みは現在も続いていて、作品を見ることができます。

道後温泉誇れるまちづくり推進協議会の副会長として、また未来へつなぐ道後まちづくり実行委員会の委員として、道後温泉のアートプロジェクトに当初から積極的に参画・推進されている山澤さん。

“当初は応募された作品の中から選考されたものを展示する計画だったけど、日比野さんから「全部展示しましょうよ!」と言われ、すべて展示することになったんです”と、動く作品となった軽トラックを見ながら語られる山澤さんの表情は当時を思い返しているようでした。


山澤商店 山澤満さん(沖野あゆみさんの作品の前で)

“こうして屋外に展示することで、多くの人がふとした瞬間に作品に触れることができる”と語る山澤さん。2021年のプロジェクト、「クリエイティブステイ公募プログラム」の際には、アーティストの受け皿にもなり、“これまでかかわったアーティストの方々とは継続的な関係となり、近くに来たときに立ち寄ってもらったり、作品を送ってもらったりしています。アーティストの視点から意見や感想をもらうことで、道後の課題も見えてきた”と続ける言葉からは、アーティストへの感謝が伝わってきました。

そして、2021年にコロナ禍で始まった「みんなの道後温泉 活性化プロジェクト」。

しかし、コロナ禍という世の中の情勢を考えると“素直に「来てください!」と言えない雰囲気はありました。積極的ではあるけど、さぐりさぐりだった”と言葉を漏らした清水(敏)さん。また、“宴会もなくなり、酒屋としても厳しい状況でした。人手不足の問題もあり、なかなか解消されない”と山澤さんは切実な思いを明かしてくれました。

2024年3月をもって3カ年のプロジェクトは終了となりますが、最終年度である2023年度はアート&クラフトをテーマに「道後アート2023」が開催されています。2024年度には道後温泉本館の保存修理工事が完了。道後温泉本館改築130周年にあたる年でもあり、さまざまな記念事業を計画されているそうです。

最後に、清水(敏)さんは、“アートを全く知らない人でも楽しめるよう、満足してもらえるよう、まちづくりに取り組んでいるので、道後温泉でお湯もアートも、楽しんでいただきたい” と締めくくってくれました。

まとめ

プロジェクトを始める前に参考にしたアートイベントなどありますか?と質問したところ、“実際にアートイベントを開催されている地域へヒアリングなどは行いました。その地域ごとに状況が違うので、それぞれのやり方じゃないと出来ないということを知ることができました”とのお答えをいただきました。
“もともとアートを知らない私たちでしたが、三位一体で一生懸命に取り組んだことがプロジェクト成功につながったのでは。でも、これからアートでまちづくりをしようとする人たちがいたら、刺激的で楽しいけれど「覚悟がいるよ」と伝えたいですね”と清水(淳)さんは本音をもらしてくれました。

まさに、地域の人々、温泉旅館と商店街、行政、そしてアーティストが一体となって取り組んだ成果なのだと、感じます。

次回、「道後アート2023」街歩き編に続きます。