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|現代アート|
コラム
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バウハウスって?編
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2022年07月30日
産業革命後の工業化が
モダンデザインを生んだ
佐藤可士和さんも影響を受けたというバウハウス。現代の建築、工芸、アート、写真、デザインなどの中に、バウハウスの生み出した思想は今も生きている。
バウハウスは1919年にドイツ中部の都市、ヴァイマールに誕生した美術学校で、初代校長は建築家のヴァルター・グロピウスだった。その設立宣言に「あらゆる造形活動の最終目標は建築である!」と書かれ、美術や彫刻などは建築を飾るものとして、設立当初は良質な作品を生み出す職人の育成を目的としていた。
しかし20世紀の産業革命による大量生産の時代の中で、バウハウスの教育は次第に職人の手仕事から、工業化を前提にしたモダンデザインへとシフトしていく。例えばマルセル・ブロイヤーの「ワシリーチェア」は、スチールパイプと革だけでできていて、軽くて持ち運びが容易。大量生産にも向いているモダンデザインの傑作椅子だ。
バウハウスの校舎も
現代建築の傑作
バウハウスが生み出した最大の傑作は、グロピウスが設計したバウハウスの校舎だろう。ヴァイマールからデッサウに移転して、1926年に新たに建てられたもので、ガラスを多用した外壁に、BAUHAUSと書かれた外観は、当時世界中の建築家たちに衝撃を与えた。まだ古典的な石造りによる暗い建築が主流だった時代に、透明で明るい建築は、モダンデザインの象徴にもなった。
1930年にバウハウスの3代目の校長に就任したミース・ファン・デル・ローエもモダニズムの建築家で、たくさんの傑作を残している。最も著名なのは、バルセロナ万国博覧会で建てられた「バルセロナ・パビリオン」だ。平面の屋根にガラスと大理石の美しい外観は、今見ても古さを全く感じさせない。万博のため1年もたたずに解体されたが、ミース生誕100周年に当たる1986年に当時と同じ場所に復元された。
バウハウスはその先進性がナチに批判され、1933年にその歴史を閉じてしまった。14年間の活動で残した功績は、人々のGOOD LIFEのためだった。
ミースがバルセロナ・パビリオンのためにデザインした「バルセロナ・チェア」もモダンデザインの傑作だ。
参考文献:『バウハウスー歴史と理念』(利光功著・マイブックサービス刊)