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この街の今、昔

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この街の今、昔

箱根駅伝のトリビア編

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2022年04月24日

最初の駅伝は京都から
東京まで3日間も走った

今年の箱根駅伝は青山学院大学が大会新記録で6度目の総合優勝に輝いた。日本の新年の風物詩でもある箱根駅伝の意外なトリビアを4つご紹介します。

① 箱根駅伝の正式名称は?
「東京箱根間往復大学駅伝競走」。
これが正式名称。1920年(大正9年)に第1回大会が開催された。マラソンの父として知られる金栗四三の「世界に通用するランナーを育成したい」との思いから誕生した。東京・大手町~箱根・芦ノ湖間の217.1キロを往路5区間、復路5区間の合計10区間で競う。学生長距離で最長の駅伝競走だ。ちなみに参加資格があるのは関東学生陸上競技連盟加盟大学のみで、全国大会ではないのだ。

② 駅伝は日本発祥
日本で初めて、つまり世界で初めての駅伝は第1回箱根駅伝の3年前、1917年(大正6年)の「東京奠都(てんと)五十年奉祝・東海道駅伝徒歩競走」。駅伝という言葉が最初に使われた大会だ。この大会は京都から東京までの約516キロを23区間に分けて、3日間かけて走破する壮大なレースだった。この成功を受けて、箱根駅伝は始まった。
そして今や『EKIDEN』という言葉は、世界で使われるようになった。

戦時下に学生たちの
熱意で開催された大会

③ 幻の第22回大会
戦時下の1943年(昭和18年)の箱根駅伝は「紀元二千六百三年靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会」と名称を変えて開催された。戦争の激化に伴って1941年から大会は中止されていたが、学徒出陣で戦地に赴かなければならない学生たちの「もう一度箱根を走りたい」という熱意で実現した大会だった。

学生たちは軍部と粘り強く交渉を重ね、戦勝祈願という名目の下に、靖国神社をスタート地点にして、大会の名称も変えた。そのため戦後15年を経てようやく第22回大会と認められるまで、“幻の大会”といわれていた。箱根駅伝102年の歴史の中で、大会が中止されたのは5大会のみだ。

④「山の神」と呼ばれた選手
箱根駅伝で最も注目されるのが往路の第5区。小田原中継所から国道1号線の最高点、標高約874メートルまで一気に駆け上がる最大の難所だ。ここで初めて「山の神」と呼ばれたのは順天堂大学の今井正人選手。上りでのごぼう抜きは、往路で一番盛り上がるシーンだ。

参考文献:参考文献:「第98回東京箱根間往復大学駅伝競走 公式サイト」、「昭和十八年 幻の箱根駅伝」(集英社e文庫)、「箱根駅伝」(幻冬舎新書)

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